2010年04月30日

混合診療裁判シリーズの終わりに

 1月から書き始めたこの「混合診療裁判シリーズ」も、おかげ様で最後の回となりました。12回完結のつもりが、少々長くなりましてここまで全15回。回によっては、区切り方の関係で十分な内容を入れられなかったものもあり、その分他の回の文章が長くなりすぎたものがあり・・・。書き手の未熟さもある中で最後までお付き合いくださった皆様には、本当に感謝の二文字以外にありません。

 締めくくりにあたりまして、新聞で読んだ記事の中で気になっているものがあり、その記事の内容と公的医療保険制度の問題がつながっているように思いましたので、それを紹介させていただきます。
 前回のブログでは「もし混合診療が可能であった場合」として、S席とD席の中間席の話を書きましたけれど、今回は別の視点で「もし混合診療が可能であった場合」の効用を考えてみたいと思いました。

 昨年11月21日付けの日経新聞の朝刊に、「国境越える医療ビジネス――アジア勢、誘致へ整備急ぐ」という記事がありました。インド、シンガポール、タイ、韓国などのアジア勢が、「急速な高齢化をにらみ、国際医療ビジネスを成長産業と位置付け、官民を挙げて受け入れ体制の整備を急いでいる」というのです。記事の一部を引用して、受け入れ体制を整えたタイの病院の様子を見てみますと・・・、

 約700人の医師を抱えるタイのバンコク病院。患者に薬を手渡す窓口はクラシック音楽が流れ、高級ホテルを意識しているかのようだ。この病院の患者は約2割が外国人。米国やアラブ首長国連邦(UAE)など世界各国・地域から訪れる患者に対応するため、約15カ国語の通訳を常駐させている。
 バンコク病院の売り物は欧米並みの医療技術と割安な治療費、高度なサービスだ。医師の7割近くは欧米などで研修や教育を受け、全員が英語を話す。入院病棟はすべて個室で、食事も3種類から自由に選ぶことができる。ソムアッツ院長は「一般企業と同じように顧客の要望にきめ細かく対応している」と話す。

 記事によると、タイが2008年に受け入れた外国人患者はなんと136万人に上るそうですが、その数字も上記のようなきめ細かい対応の賜物と言えそうです。

 もし、日本では10割負担になってしまう何らかの最新の治療が、上記のような医療施設で、しかもタイのリゾートや観光などとセットにできて総額で仮に2〜3割安かったとしたら・・・、十分に選択肢として考えられることになりますね。利用者にとってこの選択肢の魅力は、まず何と言っても「安い」ということ、そして「その安さの中に海外旅行まで入っている」ということです。治療によっては「とても海外旅行を治療前後にしたいとは思わない」ということもあり、一概に言えるものではないですが、「一粒で二度おいしい」サービスみたいに見えます。
 医療自体の「品質」という最重要ポイントが問題ですが、サービスを受けた人の経験談などから大丈夫だと判断されれば、一気に利用が増えてもおかしくないような魅力を感じます。

 このサービス、海外の病院側からすると、日本の「標準的医療」にまだ含まれていない新しく有望な治療方法をスクリーニングして、様々な疾病ごとの治療プランを組み立てて「医療ツアーパック」に仕立てたら、かなり訴求力のあるサービスができるように思うのです。
 お隣の韓国が日本をターゲットにして、もし日経記事にあるタイの病院のように整備をしたら、「移動負担」の問題が大幅に減る上に、韓流ブームも根強いですから、そんな「韓流医療ツアーパック」が今後続々と登場するかもしれません(美容整形分野では既にかなりあるみたいですけれど・・・)。

 そんな選択肢が今後増えるとして、そして日本の公的医療保険制度のコンサートホール席の区分を固定して考え続けていくとしたなら・・・。もしかしたら「10割負担」S席の患者さんと、どうしようかと迷いつつ「3割負担」D席に座り続けていた患者さんが、こぞって近隣アジアの病院に行ってしまうような、そんなことまで想像してしまうほどのアジアの発展ぶりを前述の日経記事から感じます。

 このような「医療ツーリズム」と呼ばれる医療分野の国際化の波は、JTBが「(日本の)医療機関が日本での健康診断などを希望する外国人を受け入れやすくするためのサービスを今月22日に始める(2010年4月10日 日経新聞 朝刊)」など、日本に海外の患者さんを呼び込む動きももちろんあります。
 しかしながら、全般的な日本の物価高に加えて「10割負担」S席を考えると、日本から海外(特に近隣アジア)を志向する患者さんの方が多いような気がします(つまり、医療ツーリズムでは日本はハード面では優れた医療施設が多くあるのに、制度というソフト面によって負け組になってしまうのでしょうか?)。そして、最新医療分野で患者さんが海外を志向するということは、そのような最新医療分野の国内治療例が減りますし、その分蓄積されるはずだったノウハウも減ることになります。そして、巡り巡って、厚労省が言うところの「患者全体の利益」にとっても、残念ながら結局プラスに働かないのではないでしょうか・・・。

 前回のブログで紹介した『規制改革会議「第2次答申」に対する厚生労働省の考え方』を読むと、規制改革会議と厚生労働省との間で、激しい議論の応酬があったことが伺えるのですが、混合診療については結局のところ何かが変わったわけではないように思います。

 今年の大河ドラマの「龍馬伝」。様々な出演者の熱演に毎回引き込まれるように見ているのでありますが、龍馬の数々の名ゼリフの中に「わかっちゅうがは、喧嘩じゃ変えられんゆうことぜよ。」というのがありました。
 この龍馬の精神で、関係者が日本の公的医療保険制度をよくするために継続して話し合う場がないものでしょうか?

 ブログ記事のエンディングに度々書いてきましたけれど、そのような話し合いが混合診療裁判の判決とは別に存在し、そして「日本の公的医療保険制度をより良くする」方向にぜひ進んで行って欲しいと心から願っております。


4ヶ月にわたってこのシリーズを担当させていただきましたが、お読みくださった皆様、誠にありがとうございました。この場を借りて厚くお礼申し上げます。
posted by ヒューマンサイエンス at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 混合診療

2010年04月22日

コンサートホール(?)と公平さ(3)

 前回のブログで寓話風ストーリー(その稚拙さについては、目をつぶっていただくとして)を作ってみたのですが、そこに込められている含意については、「公的医療保険の保険財政」、「保険財政の分配(≒負担割合)の問題」、そして「公的医療保険制度と医療の質の向上との関係」などに関わる内容に(一応)なっています。

 私たちの公的医療保険が、現在の医療と将来の医療(この将来にかかる部分が非常に大切に思えます)を、安定して支え続けるためには、保険財政の問題は避けて通ることができません。私たちが安心できる安定した保険財政を考えてみるとき、財政に入る方の「保険料収入」と、財政から出る方の「診療報酬の負担割合」と、そして、公的医療保険の保険料を払って医療を受ける保険加入者(≒国民)の「満足度」の3点を、考慮する必要があるように思われます。
 「保険料収入」については、その負担割合も含めて、単純に上げられるものでも変えられるものでもないだろうと思いますし、どちらかと言えば、「診療報酬の負担割合」の方が、「満足度」と合わせて、新たな視点で議論できる余地が大きいのではないでしょうか?

 「もし」という前置きをもちろんしますけれど、「もし混合診療が可能であった場合」、患者さんそれぞれの様々な診療内容ごとに「10割負担部分」と「3割負担部分」が混じり合って、「10割負担」S席と、大多数の「3割負担」D席の間に、A・B・C席にあたるような絶妙な中間席が出来上がるように思われます。それは「38%負担席」や「53%負担席」だったり、「71%負担席」や「45%負担席」などになるかもしれません。患者さん個人の総医療費における負担割合が、自分で選んだ治療ゆえに、D席からC席やB席に移ることになったとしても、それは「コンサートに行く人が自分で納得して高めの席を買うこと」と同じような「満足度」もあるでしょう。そして、そのような選択肢が増えることに、富裕層以外から「不公平」や「不満」が多く出るかと言えば、あまりそうは思えないのです・・・。

 ただし、「もし混合診療が可能であった場合」として上記の中間席を考える場合は、保険財政においては支出が増えるだけになってしまいます。
 コンサートホールの喩えとしては、「S席、A席、B席、C席、D席のように、異なる料金の席が存在することで、全体の収入が上がり、プログラムの質にも好循環をもたらすのではないか」ということで、実際にはD席の一部をB席やC席に変更(保険加入者の診療報酬の負担割合の増加)することにも踏み込む必要があるように思われます。
 しかしながら、「10割負担」S席が少なくなること、その一方で「3割負担」D席の一部がB席やC席になること、そんな「個々の利益と全体の利益」の新しいバランスを、しっかり設計して国民に理解を求めるのであれば、私は理解が得られるのではないかと思っているのです。簡単なことではありませんが、混合診療裁判のように司法の場で膨大なエネルギーと時間を費して争うような公的医療保険制度を、最終的に「合憲」という結果になったとしても、今後改良しないで済ませておけるとも思えず・・・。真に安心できて、満足度が高い制度を求めて模索してみる価値は大いにあるのではないでしょうか?

 厚労省が平成19年12月28日付で発表している『規制改革会議「第2次答申」に対する厚生労働省の考え方』の中で、【いわゆる「混合診療」に対する厚生労働省の考え方】についてコメントされている部分がありますので、一部を引用しますと、

 我が国の公的医療保険制度は、「必要かつ適切な医療は基本的に保険診療により担保する」という国民皆保険の理念に基づき、必要な医療については国民全体にあまねく平等に提供されることを確保しているものである。
 このため、安全性、有効性等が確認され、傷病又は負傷の治療に対して必要かつ適切な医療であれば、速やかに保険導入を進め、誰もが公平かつ低い負担で当該医療を受けることができるようにすることが、富裕層のみならず患者全体の利益になるものと考えている。

 上記を読んでいて、保険導入が進められた標準的医療の範囲であるなら、「誰もが公平かつ低い負担で」、「富裕層のみならず」、日本の公的医療保険制度の恩恵を受けられますし、その範囲での公平さはとても完成度が高いように思いました。ただ、「速やかに保険導入を進め」という部分では、現在の医薬学を含むライフサイエンス全体の発展速度に対して、ただでさえ慎重を期して保険導入を進めなくてはいけないことを考えると、かなり無理がないでしょうか?10年前には考えられなかったような治療法が次々に出てくるような驚くべきライフサイエンスの発展が底流にあり、それを予測して適宜的確に対応するのは、神業のような気がします・・・。

 そして、最後の行にある「患者全体の利益」という言葉ですが、これは本当に大事な点で、これからもっといろいろな面から議論を尽くして欲しいと願っています。患者全体の中には「標準的医療の範囲では十分な治療が難しい患者さん」がもちろん含まれているはずですが、「そうなってしまったら3割負担D席から10割負担S席へ直行する」ということでは、議論が尽くされたとは言い難いのではないかと思うのです。「患者全体の利益」や「(制度に対する国民の)満足度」は、もっともっと議論する価値も余地もありそうですね。

posted by ヒューマンサイエンス at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 混合診療

2010年04月16日

コンサートホール(?)と公平さ(2)

 前回の続きで、コンサートの例と医療制度がどのようにつながるのか、です。次のように考えると2つの間に共通点があり、コンサートの演奏者と観客という形を借りて、説明が出来そうです。

 コンサートの演奏者=何かパフォーマンスをして対価を得る人
                        =医療提供者(医師、看護師の方など)

 コンサートの観客=対価を払ってパフォーマンスを享受する人
                        =患者さん(私たち保険加入者)

 上記の喩えを使うと、日本の公的医療保険制度コンサート(?)はこんなストーリーにならないでしょうか??

 今日のコンサートは、「3割負担」というとても安い席を大量に提供してくれています。この「3割負担」席は、その料金の安さから当然D席相当の低料金ですし、全席均一みたいで、ほとんどの観客はもちろん満足しています。でも、「3割負担」席をよく見ると、「3割負担(標準的医療コース)」とカッコ書きがありました。しかしながら、この席は本当に多くあり、1000人収容のコンサートホールの800席ほどを占めているのでしょうか?あらためて見ると、ほんの少し「3割負担(先進医療コース)」という席があるようですが、この席はとても少なくて、ほんの2〜4席でしょうか?そしてちょっと驚いたのですが、「10割負担」席があるのですね?!残りの席はどうやら全部「10割負担」席のようです。私は勝手に「全席均一 3割負担」席だけかと思ったら、このコンサートホールの席は、受ける医療コースによってだいぶ事情が違うようですね。私は「3割負担(標準的医療コース)」席がとれたようですが、運がよかったのでしょう。それにしても、「10割負担」というS席と、「3割負担」というD席しかないのはなんだか極端ですね。
 でも、「3割負担(標準的医療コース)」席をこんなにたくさん用意してくれたのは、とても有難いのですけれど、自分がいつ「10割負担」席に行くことになるのかと思うと、その点はすごく不安にもなります。そういえば、この「3割負担(標準的医療コース)」席には、いたって健康そうな人もいれば、なんだかとても窮屈そうに座っている人もいます。本当は「10割負担」席に移りたくても、それができないからこの席に座っているのかもしれません…。
 毎年、このコンサートを楽しみにしているのですが、プログラム全体の中で、小児科と産婦人科プログラムが減っているような気がします…。演奏の大変さと比べて出演料が相対的に低いのでしょうか…?

 あまりよい出来とも言えないストーリーで恐縮です。ここでの含意は、つまるところ、こんな検討余地がないだろうか、ということなのですが…。

《1》
 コンサートのプログラム品質はコンサートの収入全体に左右されます。発展著しい医薬学の成果を国民が享受し、さらに継続的に発展させるために必要なコスト負担は、「10割負担」S席と、大多数の「3割負担」D席だけで本当によいのかどうかは、とても悩ましいところです。海外の一流アーチストに来日してもらうのに、ホールのほとんどがD席なら恐らく実現しないでしょう。だからこそ前回のブログの料金パターン(1)が必要であり、数万円のS席を払ってくれる人がいるから、数千円のD席で聞ける人もいます。逆に、舞台から遠いD席でも数千円払って聞く人がいるから、S席の高騰が抑えられているとも言えます。これは持ちつ持たれつのように、双方が納得してチケットを買うという共生関係があり、「双方が公平だと思えるバランス」がそこに成立しているような気がします。

《2》
 そして、公的医療保険制度の「10割負担」S席と、大多数の「3割負担」D席の間に、A・B・C席にあたるような中間的な設定を作るというのは、発想としては荒唐無稽でしょうか?もし、「5割負担」B席や「4割負担」C席を作ることで、「10割負担」S席を減らせるとして、それが結果的に多くの国民に「安心感」や「納得できる公平さ」をもたらせるとしたら…。安いD席を多く作ることだけが「公平さ」を実現させるわけではないように思うのですけれど…。この「負担割合」について考えるときに、前回例示した料金パターンの(3)がとても興味深く思われます。(2)と比べて、「高すぎず、安すぎず」の3通りの価格設定だけでフランス人のベテランのピアニストを招致していたコンサートでした。

 (2)S席/7500円 A席/6000円 B席/4500円 C席/3000円
 (3)S席/5500円 A席/5000円 B席/4500円

 公的医療保険制度の保険財源の問題は、こんなに単純なものではないとはわかっているのですが、どんな「公平さ」があるのか考え直してみることで、「個々の利益と全体の利益」が、新しいバランスにたどり着けるかもしれない…と、コンサートのチラシを見てふと思ったのでありました。

posted by ヒューマンサイエンス at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 混合診療